孫正義の国籍や家族構成など生い立ち!自宅の住所も気になる

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今回は孫正義の国籍や家族構成など生い立ちということで

彼のあの斬新な考え方、道を切り開いていくことのできるあの行動力について

いろいろ学べると思い調べてみました!

孫正義の国籍や家族構成など生い立ち!

 

孫正義 (そんまさよし) 日本名:安元正義
誕生日  1957年8月11日(59歳)
出身地 佐賀県鳥栖市
職業 実業家
ソフトバンクグループ株式会社代表取締役社長

今日本でのスマホ最強シェア率を誇るiPhoneを日本国内に広め、

一大進化を繰り返している孫さんご自身が筆頭株主であり、社長として

現役でソフトバンク株式会社を引っ張っていってらっしゃる方ですね!

しかしその洗練されたソフトバンクのデザインからは

孫さんの生い立ちは全く見えないと思います○

生まれは佐賀県のど田舎で貧乏の極みだった

孫さんが生まれたのは1957年で佐賀県鳥栖駅の近くで生まれた在日朝鮮人の2世で4兄弟の次男として生まれました。

しかし在日ということで差別される対象にされていたみたいで、住んでいるところも無番地といわれる地域で

かなりの貧困の生活を送っていたらしく当時は家畜や密造酒、鉄くずなどでぎりぎりの生計を立てていたのだとか。

家の作りもバラック小屋で汽車が通ると煙で家の中が真っ暗になるほどだったみたいです。

また雨などが降ると大洪水になり、豚のふんなどが井戸に流れ込んでそれも飲まなくちゃ生きていけない状態だったみたいです。

転機はお父さんのビジネス感覚

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上で相当ひどい生活を長くしていたんだな。。。と思ってしまうと思いますが、

実際はごくわずかな期間だったらしいです。

それは孫さんのお父さんである三憲さんのビジネス感覚がもとになり、

もともと密造酒や鉄くずで生計を立てていましたが、

すぐに金貸し、金融業に移行します。この時同時に北九州市八幡西区に引っ越しをし無番地を抜け出せました!

しかし成功しているにもかかわらずお父さんは「これは長くやる商売ではない」

「カネはあくまで商品。カネ貸しだからといって、下品にふるまってはいけない」

当時の金貸しをしている感じだとやはり金に汚いというイメージが強かったみたいですね。

そんなイメージの物を早く脱しなければいけない。。

この発想が転機になり、孫家は一躍していきます!

パチンコ屋で財産完成!発想力がすごい

孫さんのお父さんである三憲さんは実は7人兄弟で、皆さんがそれぞれにビジネスを展開していたらしく

三憲さんは長男でした。

しかしその中でも頭一つ出てきたのが弟の在憲が始めたパチンコ屋だったみたいで。

それを聞いた三憲さんは金貸し業を脱出して

1969年に当時の娯楽の王様であるパチンコ屋を経営し始めます○

この頃、孫さんが10歳だったらしいのですがこの頃からさらに

孫家のさらなる進化が始まり、なんとパチンコ業で大フィーバー!

佐賀と福岡で56軒ものお店を経営するほどに進化してしまい、大豪邸を築きあげます○

お父さんだけでなく一族でのビジネス感覚とセンスが脈々と受け継がれている孫家。

この進化を目にした孫正義さんは考え方もビジネスの感覚も研ぎ澄まされていったみたいです。

学生時代の孫さんは集中力がすごかった

小学生の時代に父や一家の進化の過程を見続けていた孫さんは

ビジネス、発想力の英才教育を受けていたようなものだというのはわかりますね!

その目まぐるしい変化を見てきた孫さんはすでに小学生の段階で別格だったらしく

特に授業中の集中力が尋常じゃなかったみたいで、目を見開いて授業を一言一句見逃すまいという勢いで

学んでいるように見えたらしいです。

孫正義が実業家になる決意をしたきっかけ

中学生の時には先生をレストランに呼び出し塾を経営するための事業計画書を見てもらっていたのだとか

しかしそれは塾の内容のチェックではなくその先生を責任者としてスカウトするための相談だったみたいです。

しかしその誘いは断られてしまい塾の事業化はあきらめなくてはいけなくなりました。

中学生の内から実業家としてビジネスを始めると決意したのには理由があり、

実はその前にお父さんが倒れてしまい、大黒柱がいなくなってしまった状態だった孫家

「一時的な解決策ではなくて、家族を支えられる事業を興すぞ。」と中学生のときに腹をくくったのがすべての始まりでした。

でも中学生でなく、高校、大学まで進めば道は開ける!

しかしここで邪魔してきたのが国籍の問題でした。

竜馬のごとく脱藩「孫さん アメリカへ行く」

孫さんは高校でも1,2を争うほどの頭の良さだったみたいで、

大学に関してはどこでも狙ったところが入れる状態にまでなっていました。

しかしここで邪魔してきたのが国籍の問題。

仮に大学を出たとしても国籍問題で官僚や大企業にすらなれないということを突き付けられていた状態で

大学で学ぶ意味があるのか?

そう考えた時に当時読んでいた司馬廉太郎の『竜馬がゆく』の影響もあってか

そうだ。アメリカへ行こう!

その時一大決心をして留学することを決意する孫さん。

しかし留学して暮らして学校行って。。。

なんていうのだとやはりお金の問題も出てきてしまう。

お父さんの回復

孫さんが留学の段階で苦学生として暮らしていたかというと全くの逆で

学生生活を謳歌して暮らせていたみたいです。

それは留学時にはお父さんが病気から回復していたため生活資金がしっかり手に入っていたからでした。

この資金があったからこそ孫さんはソフトバンクの前進である

ユニゾンワールドの足掛かりをアメリカで手にすることになります○

父は偉大。大学でついに実業家の足掛かりに

自由の国アメリカでは国籍なんて気にしなくて勉強も仕事もできる。

そんな最高の環境に身を置く孫さんは学生時代から「音声付き多国語自動翻訳機」

という機械を発明しシャープに売り込んで起業のための足掛かりを作ったことは有名ですが、

この売り込みの際の営業はお父さんが手引きをしてくれたのがきっかけらしく。

二人で売り込んだことで孫さんの初めての事業が成功したみたいです。

またお父さんは孫さんに対してこんなことをささやいて育てたらしく、

正義、俺の姿は仮の姿だ、俺は家族を養うために仕方なしに商売の道に入ったけれど、
おまえは天下国家といった次元でものを考えてほしい

引用元:thereadingexp

こんなこと言うお父さんは殆どいないかと思いますが、

孫さんのすべてはやはり育った環境と、その考え方の英才教育によって成り立っていたみたいですね○

さらに翻訳機販売の帰り際に日本ではすでにブームを終えたインベーダーゲームをアメリカに持ち込むことを考え

それをアメリカで販売しヒットさせるという行って帰ってどちらでも利益を得るという行動も起こします。

この二つの資金がユニゾンワールドの資金となりました。

結婚と娘二人

孫さんは大学時代にアメリカで知り合った日本人の女性と結婚しています。

また現在は娘さんも2人いるみたいで、一人は現在ゴールドマンサックスに勤めているとのことで

かなり優秀ですが、大変そうですね。。。いずれ起業するのか?

人生50年計画!日本での起業でも登録名は「孫」

19歳の大学生の時に起業を正式に形にする際にン人生50年計画というものを孫さんは立てており、

  • 20代で名乗りを上げ
  • 30代で軍資金を最低でも1000億円貯め
  • 40代でひと勝負し
  • 50代で事業を完成させ
  • 60代で事業を後継者に引き継ぐ。

という流れを作りまずアメリカで足掛かりを作った孫さんは日本で正式に起業をすることを決意します。

しかし起業の際には日本名の安元ではなく韓国名の孫で起業をします。

でももともと日本では国籍で動きが取れないということでアメリカに行った孫さんですが、

「孫という本名を捨ててまで金を稼いでどうするんだ、と言いました。
それがたとえ十倍難しい道であっても、俺はプライドの方を、人間としてのプライドの方を優先したいと、言いました」

引用元:thereadingexp

その思いから韓国名の孫で福岡にパソコンの卸売業のユニゾンワールドを起業します。

ソフトバンクに改名。考え方を改めたのは病気とおばあちゃんの言葉

飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けてきた孫さんですが、

これも同じなのかお父さん同様一度病気になってしまい、社長職を降りてしまいます。

行動を続けてきた孫さんにははじめお休みだったのかもしれません。

その体を休めている期間にお婆さんに一言が思い浮かんだといいます。

「お金じゃ無い、地位や名誉でもない、ばあちゃんがやっていたような、人に喜んでもらえることに、貢献できたら幸せだ。どこか、名前も知らない、小さな女の子に“ありがとう”と言ってもらえるような、そんな仕事がしたい」

引用元:wikipedia

この言葉から体調が回復した孫さんは社名を

情報化社会のインフラストラクチャー(社会的な基盤)の役割を担う存在になる、という大きな決意を込めて、「バンク」

引用元:ソフトバンク

という社名に変更し再出発を果たします。

その後の活躍に関してはご存知の通りの

現在日本一の億万長者へと成長した孫さん。

先日はトランプ大統領との会談でマサと呼ばれるほどの仲になるほどの大物となりました。

人生50年計画最終章60歳代はどうするの?

孫さんが事業を始める前に最初に計画した人生50年計画ですが

現在60歳となった孫さんの目標としては、後継者に引き継ぐ

という段階まで来ています。

一度ソフトバンク大学ということで後継者を育てているということで募集がありましたが、

現在もまだ育っていない様子。。

果たして孫さんの能力を後継できる若い人は現れるのでしょうか??

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